住まいのエッセンス・第1章玄関・その4

同じ区内に土地を買い、1軒家を建てたのは、土地の値段が急激に上がり始める直前でした。

両親がマンション生活に嫌気を覚え、たまたま離れて住んでいた長男夫婦が同居を決め、2世帯で

中古の一軒家を購入したことに刺激されたことと、家内が干していた布団を1階のお弁当屋さん

の店先に落としてしまったり、トイレの水をあふれさせてしまい、その水が1階に漏れたり

という事件が引き金だったような気がします。

1台の車が停められる駐車場からさらに幅2メートルの通路が4、5メートル続く変形40坪の

土地に、24坪の家を建てたのです。西北の玄関を作りたかったのですが、どうしても間取りに

無理がでてしまい、北側になってしまいました。その時、若い設計士が吹き抜けの玄関をデザイン

してくれて、私たちは結構、気に入った玄関を作ることができました。玄関横の下駄箱の上に

大きな花のリトグラフを飾りました。

ただ、一軒家の寒さを久しく忘れていたため、冬になると玄関たたきは灯油のポリタンクで一杯に

なり、時々、ポンプを入れっぱなしにしていたため、あふれさせてしまい、石油臭くなることが

ありました。また、玄関扉はわりといい一枚木を使ったのですが、どうしてもたたきとの間の

隙間をふさぐことができずに、北風が侵入してきました。

初めて、建築した自宅でしたので、結構長く15年住みましたが、その間に、転勤があり、

さらに転職がありましたので、2軒の借家を経験することになります。

1軒目は富山です。富山は雪が多く、なるべくマンションでという家内の希望があったのですが、

3LDKのマンションの需要があまりなく、結局、1月から5月連休まで単身赴任しました。

ようやく見つかった家は、富山駅から徒歩7分で200坪の土地がある大邸宅でした。

著名な方の2世帯住宅で、リビングから続く未亡人の部屋に壁を作り、私たちは長男夫妻の

4LDK部分を10万円という破格の料金で借用することになったのです。

屋根つきに駐車場以外に6台分の駐車スペースがあり、200坪の敷地の半分程度の庭の手入れ

も近くの知り合い老人がわざわざ来てくれたり、冬が近づくと「雪吊り」という縄で植木を支える

行事も大家さんが手配してくれることになります。大家さんとしては、家を空けておくよりは、

風を通してもらった方がいいという気持ちで貸家にしたのでしょう。

久しぶりに玄関は引き戸で、玄関スペースで6畳程度の広さがありました。

大きなたたきの右側には大きな靴箱があり、左には「上がりかまち」の向こうにガラスを通して

庭が見えるといったぜいたくな配置で、カーペット敷きのこの玄関スペースは奥のリビングへの

入り口に続き、私のパターの練習場になりました。

余談になりますが、この家には2階にもトイレがあり、その洋式便座に座り、外を眺めると

ゴルフの練習場が見え、ゴルフ好きの人にとっては、垂涎の一軒家だったのですが、

練習嫌いの私は結局2,3回しか通うことはなかったのです。

富山の一軒家は普通、玄関は鍵をかけず、郵便屋さんは、リビングまで郵便物を届けてくれます。

都会育ちの家内は初めて郵便屋さんが居間に立っていた時には心臓が止まりそうだったと帰宅した

私に嘆いたこともありました。古きよき日本なのでしょう。